結婚します。
たまたま、自分のプロフィールからこんなブログをやっていたことを、思い出しました。
何年も前に、別れた彼のことを消化できずに、愚痴垂れていた私の日記をみて、この時のことを、まだ昨日のことのように鮮明に思い出すことができます。
それくらい、自分にとって大きな出来事で、自分を失うくらい心が傷ついたんだと思います。
今も、そうかもしれません。
でも、こうやって言えるようになった私は、あの時の出来事を受け入れられるくらいには大人になったと思うことにしています。
そんな私も今年、結婚します。
これからも忘れることはありません。今まで付き合ってくれた人、友達になってくれた人、大切だと思ったことのある人、死を選んだあの人のことも、あの頃出会った人はみんな私の心の中に生きています。
大豆田とわこのドラマの一説で、好きな台詞がある。
人間にはやり残したことなんてないと思います。
過去とか現在とか未来とか、そういうのってどこかの誰かが勝手に決めたことだと思うんです。
時間って別に過ぎていくものじゃなくて、
場所って言うか、別のところにあるものだと思うんです。
人間は、現在だけを生きているわけじゃない。
5歳、10歳、20、30、40、その時その時を、
人は懸命に生きてて、それは過ぎ去ってしまったものではなくて、貴方が笑っている彼女を見たことがあるのなら、彼女は、今も笑っているし、5歳の貴方と5歳の彼女は、今も手を繋いでいて、今からだって、いつだって気持ちを伝えることができる。
人生って、小説や映画じゃない。
幸せな結末も悲しい結末もやりのこしたこともない。
あるのはその人がどういう人だったかということだけです。
だから、人生には2つルールがある。
亡くなった人を不幸だと思ってはならない。
生きている人は幸せを目指さなければならない。
この台詞に何度も救われました。
これからも、そこそこにいろんなことを考えながら、いろんなことを愚痴垂れながら、大切な人と笑って、生きてみたいと思います。
花束みたいな恋をした。
2021.2.9火曜日
昨日、2回目の「花束みたいな恋をした。」を観ました。
約1年ぶりのレビューとなってしまったことお許しください。
そう言っているうちに社会人2年目が終わろうとしています。
一つ前の投稿の、好きな人は恋人になりました。
遠距離をして半年が経ちました。
そんな時に大好きな脚本家、坂元裕二さんの映画が公開されると知り、
軽い気持ちで地元の映画館へ足を運びました。
東京ラブストーリーから始まり、それでも生きていく、最高の離婚、問題のあるレストラン、カルテット、モザイクジャパン、など。
坂元裕二さんの作る世界は広く一般的だけれども、
でもそれを坂元裕二さんほど言葉で表現できる人を知りません。
結論から言うと、とても良かった。
2回目見るくらいには良かったです。
正直、有村架純と菅田将暉主演でサブカルに浸った若者同士の恋愛模様なんて
はいっ20代男女のカップルのための映画だよ〜って感じがしてムカつくじゃないですか。
まさにそれです(笑)
ムカつきました。でも、ムカつくくらい胸がシリシリしました。(すずめちゃんのみぞみぞするみたいな)
男女の価値観の違いとかカップルのちょっとしたすれ違いとか
友達に別れた原因を説明する時に1行で簡単に説明できちゃうことあるじゃないですか。
そういう説明するには簡単だけど、
別れた本人たちの心には、別れるまでの物語がもちろん残っているわけで。
その時のなんとも形容しがたい気持ち、なんて上手に表現するんだ!て思っちゃったわけです。
色々言いたいことはあるけどうまく言える気がしないです。
この映画は、正直感情移入する部分が大きすぎて、作品との距離がつかめないです。
昔、付き合ってた人に、別れ際かなり人間否定されたことがありました。
なんて言われたか、まだ覚えているくらいにショックでした。
でもその時気付いたんです。彼は初めからそういう人だったんだってことに。
表面化されていなかっただけで、彼の芯の部分がただ現れただけなんだって。
そう思うことで自分を納得させていました。
私はそういうことをこの映画では表しているんじゃないかって思います。
麦くん(菅田将暉)は、絹ちゃん(有村架純)と最初、共通の現代作家や音楽を通じて好きになっていくけど、やがて大人になっても好きなことを追っていく絹ちゃんに嫌気がさしていく。
麦くんは営業マンになって、パズドラが暇つぶしアイテムになり、もちろん絹ちゃんが勧めてくれる本を読む気にはなれない。
確かに、忙しいと映画や本、もちろん重いテーマの作品なんて読む気にならない。
実際、私も学生の時と比べると遥かに作品に触れる量が減った。
麦くんのいう通り、作品に触れる行為は「休みにならない」
ひどく体力気力を使うものだから。
そう、そうなのだ。
でも、それって本当なのかな。
本当に大切だったら、本当に失いたくなかったら、
そんな風に疎遠になれるものなのかな。
麦ちゃんと絹ちゃんは同じ感覚の持ち主のように見えて、本当はそうじゃなかった。
同じ趣味で気があうから付き合った、というよりも、
たまたまそのときハマっていたものが同じだった、という方がきっと正しい。
恋ってなんとなくその気になっちゃったり、いけそうな気がするけど、
「人間はみんな違う」
それが根本にあると思います。
だから、私は冒頭1時間の彼らが恋に落ちていく様子を少し気持ち悪いと思ってしまいました。
同じものが好きで同じもので泣けて同じもので喜べる瞬間なんて
一瞬しかないんだと。

いいなって思えた。
ラウンドのメタル眼鏡が似合っていて、
言葉遣いもなんだか鬱陶しくなくて、
優しいような冷たいような口調で、
「髪染めた?」
って言われただけで、
胸が、きゅんって締まって、
ふふふってニヤけちゃう。
いいなあ、好きだなあ、って思っちゃった。
恋かなあこれ。
でも、何回も踏みとどまって
同じところで足踏みしていて
私の心は先に行くのを躊躇う。
今までの自分だったらきっと、すぐにご飯に誘って、彼のこと、彼の身の回りのこと、たくさんきいて、たくさん知ろうとしただろう。
それが今できないでいる。
すればいいのに。
ほんとに私の恋人にして大丈夫?
また、幻滅させたりしない?
無駄に考えて、また立ち止まる。
一回間違っただけなのに、
Uターンすれば戻れるのに、
一歩先が今はもうできない。
なんかわかんないけど、次は最後までちゃんと私の好きな人でいて欲しいから。
いつもより
今までより
簡単じゃないな。
もう1回。
もう1回会って話がしたい。そう思いながら、いつも送信ボタンを押せずに居る。
もう何度もふりかえって
もう何度も夢にみて
もう何度も泣き倒した。
だから、この送信ボタンを押すことだけは最後の最後まで躊躇った。
でも、躊躇ってよかった。そう思えた秋だった。
彼とお別れして3ヶ月。あっという間に夏が過ぎてしまった。
思い出さない日はなかったけど、徐々に思い出す時間が減っていって、
思い出も不透明なものになっていった。
君のために流す涙、今は微塵もない。
よかった。
そう思ってた矢先だった。
市内の小さな映画館で私の好きな映画が再上映されると聞いて
すぐに観に行った。
付き合ってた頃に観た気持ちと今の気持ちは似てるけどやっぱり違った。
深い海の底で息を止めて
我慢して
ついには苦しくなって
地上の光を目指して
踠いて
踠いて
ぶはあっと空気を吸い込んだ感じ。
よかった、そう思ってほっとした。
また人を好きになれそうだと思った。
次はできるところまで愛してみようと思った。
たいせつなひと
大切な人ってどんな人。
大好きな人ってどんな人。
愛してる人ってどんな人?
全部同じみたいなのに全部違うよね。
梅雨の終わり、2年半連れ添った人と別れて、というより、別れさせられて、終わりにされた私の大切な人。あっという間にどこにいるのかも、もう誰のものでもなくなった。さよならも、ありがとうも言えないまま、「パーキングに車停めるから大丈夫」のラインで終わってる私たち。一体何だったんだろう。
何度も振り返る。何度も泣いた。
でも、もう会うこともない。進むこともない。
2年半一緒にいても、一瞬で他人以下になる。
訳わかんないよね。
私の可愛げのなさやガサツさを受け入れられなかった彼も、私のやりたがりを根から潰す彼を受け入れられなかった私も、全部駄目だったんだから仕方ないね。
大切な人であることに時効あるのかな。
きっと私はないと思う。ないって信じたい。
旅のおわり世界のはじまり
コレ観てきました。ずっと待ちわびてた映画。

「旅の終わり世界のはじまり」
久しぶりに感じたな、この感覚。
微かな震えを確かに感じるこの感覚。
悲しいとか楽しいとか嬉しいとかそういう涙じゃない。ただ、目の前にしたその映像に普段とは違う何かを感じた涙。「何か」としか表現できないその「何か」がもどかしい。
異国ウズベキスタンでリポーターを生業とし、何一つ外国語を話せない彼女の行動一つ一つが、私がベトナムに行った時の状況とどうしても重なってしまった。
見ず知らずの街のバスに乗り込んで、乗務員に場所だけ伝えて降ろしてもらうところとか、どこいってもアジア人女性ひとりでいることを珍しがる視線だったり、自分が実際直で感じたことのあるあの状況。あの感情。どうしたら良いかわからないけど、どうにかしないとどうしようもならないあの時を思い出して、私の心は締め付けられた。
最後に『愛の讃歌』を歌う彼女は、前田敦子そのものだと思った。
歌が下手だ演技が下手だと言われ続けた彼女の根性は人並み以上だ。ほんとにあっちゃん出演の初期の作品と比べたら、彼女の変化が著しすぎる。
作品に、キスシーンやセックスシーンがなくても、特に何かが起こるわけでもなくても、わかる時はわかるもんだ。
良い映画をみたな。
きっと、この映画を誰かに語ってもきっとこの映画の良さは微塵も伝わらない。
観ても伝わらない人がほとんどだろう。
これがマイナスにいる人をゼロにする映画だ。
なんか分かんないけど。
ついこの間、大きな交通事故がニュースになりました。2人の小さな命があっという間に奪われてしまいました。
私には、旦那もいないし子供もいないけれど、仕事の休憩時間に遺族の手紙をたまたま見て、なんか分かんないけど、目から水が普通に溢れてきて。
亡くなった女の子の父親の、手紙の筆圧がやけに強くて、筆跡が凛々しくて、なんでこんなに立派に立っていられるのかなって思って。
たぶん、全然立っていられないのに、今日明日を生きていく感覚もないのに、きっと、こうしないと、強く生きないと、という底知れない強さみたいなものがなんか見えて、泣いてしまった。
疲れてるのかなって思ったけど、そうじゃなくて、文字で感じ取れてしまったからなんだと思う。今までそんな経験はなかった。私には計り知れないけれど、うまくは言えないけど、その手紙の文字たちが、私の心を容赦なく突き刺した。どうか安らかでありますように。